「馬を治す道具たち」展
ご挨拶
馬は現代社会においては競馬で知る程度の存在でしかない。しかし自動車のなかった時代、人間社会における馬の存在はきわめて大きかった。20世紀前半までは騎馬は軍事力の大きな要素であったし、農民にとってトラクターであり、自動車であり、さらにトラックでもブルドーザーでもあった。そもそも麻布大学は馬学に取り組むためにできた研究教育組織から出発したのであった。
江戸時代までさかのぼれば馬の存在はさらに大きくなり、運搬や伝達の手段としても人間社会に欠かすことができない存在であった。馬に限らず家畜を飼育する上ではさまざまな問題も生じる。病気になることもあれば、負傷することもある。同時に人との交流もあり、深い絆が結ばれていた。
本学の卒業生である折坂金弘先生は本業のかたわら、こうした近世・近代の馬と人間社会とのかかわりに興味をもち、それを馬具に見いだすというユニークな姿勢で馬具の収集に努められた。ことに馬の医療に関する道具については我が国でも類例のない貴重な収集品がある。折坂先生は2009年1月30日(金)に、これらの貴重な収集品をまとめて母校に寄贈され、本学はこれを「折坂馬具コレクション」として末永く保管することとした。
この寄贈を機に、オープンキャンパスに合わせて展示を行うことになった。折坂馬具コレクションの貴重な品々を見て、往時の人間社会と馬との密接な関係に思いを馳せていただければ幸いである。
貴重なコレクションを寄贈いただいた折坂先生にこの場をお借りして厚くお礼申し上げます。
2009年8月 麻布大学長 政岡俊夫
はじめに
現代人にとって馬は競馬としてしか知られていないが、わずか数十年前まで、馬は人間生活に身近な存在であり、百年以上前になると人間に密着した存在であった。その意味で馬具を調べることは各時代の人と馬の関係を知る手だてとなる。
2009年1月に本学の卒業生である折坂金弘先生は半生をかけて収集された馬具コレクションを本学に寄贈された。
このコレクションは
1)江戸時代の医療具に焦点をあてた展でユニークであり、本学にふさわしい
2)収集品についての学術的研究がなされている
3)馬具を通じて江戸時代という鎖国による暗黒時代とみなされた時代が実は独創的な発想に満ちた時代であったことを解読している
という点できわめて価値が高い。
寄贈したコレクションを説明される折坂先生(左)と政岡学長。2009年1月30日
本学ではこのコレクションの一部を展示公開することとした。
展示品の中でも馬の治療に使った「馬針」は日本刀工の技術で芸術性が十二分に活かされたみごとなものである。
また「大曽根」と呼ばれる日本独特の馬鈴や、おそらく現存する唯一とされるたてがみを切るためのハサミなどは特に価値が高い。展示には本学所蔵の馬の骨格標本も紹介した。

展示全景
馬具コレクション
ハサミ
日本馬はたてがみが硬いので、たてがみを切るのが大変だった。これは独特の形をしたハサミで、現存するものはほとんどない貴重なものである。
たてがみを切るためのハサミ
沓切り鎌
馬方が、馬のわらじを履き替えるときに古いひもを切ったり、荷崩れした荷物の固定紐を切ったりするのに使ったとされる。鎌は紐で円形の木の根付けとつながっており、これを腰帯にさしたのであろう。
沓切り鎌
肥後馬針
馬が走ったあとに血圧が高くなることがあり、そのようなときに静脈に針をさして瀉血した。そのための針であるが、この針の場合、日本刀の刀工の技術がいかんなく発揮されている。柄部分の唐草模様の象嵌は意匠、技術ともに目を見張るものがある。
肥後馬針
馬鈴コーナー
日本の馬鈴のひとつに「大曽根」というものがある(上段中央)。これはリング状の金属を複数つなぐことによって、馬の動きにあわせて音を発したもので、世界的にも珍しい。大曽根とは愛知県の地名で、ここで鈴が作られたことによる。このほか球形の大きな鈴や、小さい物を多数ぶらさげて互いがぶつかって音を出すものもある。右側のものは、鈴をつけたひもを束ねる座金で、その形状もデザイン力に富んでいる。
馬鈴のコーナー
馬鈴:球形の鈴でこもった素朴な音がする。
馬の生物学コーナー
馬の生物学コーナーには馬の頭骨、下顎骨の歯根部を露出した標本、足の骨格標本を展示し、ウマの進化を示す図を添えた。
馬の生物学コーナー