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プレスリリース:母イヌから十分な養育を受けたイヌは成長後ストレスに強くなることを解明

盲導犬育成時の内分泌研究で世界初の研究成果

麻布大学獣医学部動物応用科学科の永澤美保講師、菊水健史教授、茂木一孝教授は、公益社団法人 日本盲導犬協会(理事長:井上幸彦、本部:横浜市港北区)と包括協定を締結し、実施している共同研究で、盲導犬の育成過程におけるグルココルチコイド(※1)分泌の分析から、出生後に母イヌから十分に養育を受けると、盲導犬訓練センターへの入所などの環境変化に適切なストレス反応を示しながら早く順応し、日常の恐怖反応も少ないことを明らかにしました。本研究成果は米国行動神経内分泌学会の公式論文誌「Hormones and Behavior」オンライン版に2021年9月15日に掲載されました。

麻布大学と財団法人日本盲導犬協会は連携協力に関する包括協定を2008年8月に締結し、共同研究や相互交流をおこなっています。

研究のポイント(本研究で新たに分かったこと)

  • 幼少期に母親の十分な世話を受けた仔は、成長後、攻撃性や恐怖反応が低いことが多くの哺乳類で明らかにされていますが、イヌにおける内分泌の調査から、母親の養育と成長後のストレス耐性の関連を初めて明らかにしました。
  • 本研究の結果は、生体にとってのストレス応答性についての再考を促すものです。グルココルチコイドは一般にストレスホルモンとされ、「低い方がよい」と言われていますが、本来は生物が生きていくうえで必要なホルモンです。本研究では発達の過程で時期特異的にグルココルチコイドが上昇すること、それが生物としてのレジリエンス獲得につながる可能性を見出しました。

母イヌの良質な養育により、5週齢時のコルチゾール基礎値が上昇し、1歳時には新規環境にストレス反応が高まるものの、ストレス耐性も向上する

図1:母イヌの良質な養育により、5週齢時のコルチゾール基礎値が上昇し、1歳時には新規環境にストレス反応が高まるものの、ストレス耐性も向上する

研究成果の概要

背景と目的

哺乳類の気質形成には幼少期の環境が大きな影響を与えます。イヌでも、母イヌからの早すぎる分離が、仔イヌの成長後の行動や気質に悪影響を及ぼすといわれていますが、これまで母イヌの養育行動と仔イヌのグルココルチコイドの分泌、成長後のストレス耐性との関連は解明されていませんでした。そこで、イヌのストレスに対する応答性の発達過程を明らかにするために本研究を実施しました。

方法

本研究では、日本盲導犬総合センター(静岡県富士宮市)にて出生した425頭(63胎)の仔イヌを対象とし、そのうちの21胎の母イヌについて養育行動を記録しました。盲導犬の候補となる仔イヌは通常、8週齢時にパピーウォーカー(盲導犬候補イヌを約10カ月間育てるボランティア)に委託され、1歳時に盲導犬育成訓練のため、訓練センターに入所します。

母イヌについては出産後5週目までの授乳行動、仔イヌを舐める行動、仔イヌとの接触などの養育行動を記録し、定期的な採尿を行いました。仔イヌについては5週齢と7週齢時、および、1歳の訓練センター入所後2週間目に採尿を行い、訓練開始後に行われる稟性(ひんせい)評価※2の結果を個体特性として解析に用いました。また、母イヌと仔イヌの尿中コルチゾール値を測定し、ストレス反応の指標としました。コルチゾールはグルココルチコイドの一種です。

結果

解析の結果、出産経験が多い、コルチゾール値が高い、養育行動を多く示すといった特性を持つ母イヌの仔は、5週齢時のコルチゾール基礎値が高いことがわかりました。また、この5週齢時コルチゾール基礎値が高い仔イヌは、訓練センター入所時の環境変化に対してコルチゾール値が高くなるものの、比較的早く低下し、恐怖反応が少ないこともわかりました(図1)。

以上のことから、母親にしっかり養育されると5週齢時のコルチゾール基礎値が高くなり、5週齢時のコルチゾール基礎値が高いと、成長後のストレスからの回復力が高くなることが示唆されました。なお、7週齢時のコルチゾール基礎値は、母イヌの養育行動との関連は見られず、成長後の環境変化に対するストレス反応とも関連しませんでした。一般に、母親の養育行動の質が高いと仔のグルココルチコイドの分泌は低下し、成長後の攻撃性や恐怖反応が弱まるといわれていますが、本研究では逆の結果となりました。

考察・解説

動物が攻撃などのストレスを受けると、脳の視床下部からの指令で下垂体から副腎皮質を刺激するホルモンが分泌され、副腎皮質からグルココルチコイドが分泌されます。グルココルチコイドは血流にのって脳に到達すると、副腎皮質刺激ホルモンの分泌を低下させ、過剰な分泌を抑制します(ストレス応答システム)。本研究での母イヌの養育行動と5週齢時のコルチゾール基礎値の高さとの関連については、母乳からの脂質の摂取量や吸乳のための労力の増加等、様々な要因が考えられますが、私たちはストレス不応期※3によるストレス応答システムの未成熟によるものではないかと考察しました。私たちはすでに、イヌの出生後4週間はストレス不応期であり、ストレスを受けてもコルチゾール濃度は上昇しないこと、また不応期の終了直前にコルチゾール基礎値が上昇することを見出しています※4。そのため、本研究での5週齢時でのコルチゾール基礎値の上昇は、母イヌの質の高い養育行動に伴うストレス不応期の延長を示唆していると考えられます。

グルココルチコイドは、過剰な分泌は心身に悪影響を与えますが、生物が生きていくうえで必要なホルモンです。そのため、本研究における成長後の環境変化時のコルチゾール値の上昇は、不測の事態における適切な反応であり、直ちにネガティブな状態を示すものではないと考えられます。

イヌの発達過程はヒトに類似しており、ヒトにもストレス不応期が存在することが示唆されています。そのため、本研究の結果はイヌの健全な発達のみならず、ヒトの発達についても重要な示唆をもたらすものであるといえます。また、これらの結果は、生物におけるグルココルチコイドの役割についても再考を促すものであるといえます。

※1 グルココルチコイドは副腎皮質で産生されるステロイドホルモン。ストレス応答の制御にかかわり、生体の恒常性維持に不可欠である。ストレス時に上昇することから、ストレスの指標として用いられることが多い。コルチゾールはグルココルチコイドの一種である。
※2 本研究では、訓練を始めてから3か月の時点で行われるTask Performance1での評価を用いた。
※3 ストレス不応期は、幼若動物にみられる「ストレスを受けてもグルココルチコイドが上昇せず、嫌悪学習が成立しない」時期をいう。その意義は不明であるが、養育環境において過剰な嫌悪学習をしないためや、グルココルチコイドの過剰分泌による中枢への悪影響を防ぐためなどと考えられている。ストレス不応期は母親の存在によって延長されることがわかっている。
※4 Nagasawa et al. The behavioral and endocrinological development of stress response in dogs.2014. https://doi.org/10.1002/dev.21141

<掲載論文>

掲載誌:Hormones and Behavior(米国行動神経内分泌学会誌)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.yhbeh.2021.105055
原題:Basal cortisol concentrations related to maternal behavior during puppy development predict post-growth resilience in dogs.
和訳:イヌの成長後のレジリエンスは、母イヌの母性行動に関連した成長期のコルチゾール基礎濃度から予測される
著者名:永澤美保1, 柴田曜2, 米澤暁子3, 高橋智子3, 金井政紀3, 大塚春菜3, 末永陽介3, 矢花由希子3, 茂木一孝1, 菊水健史1
1 麻布大学獣医学部
2 麻布大学獣医学部博士前期課程
3 公益財団法人日本盲導犬協会

<参考情報>

講師 永澤 美保
介在動物学研究室

<お問い合わせ先>

・担当:麻布大学 広報課 担当:有嶋、檜垣
・電話:042-769-2032
・メール:koho(a)azabu-u.ac.jp ※(a)を@に変更してください。