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プレスリリース:イヌは自己と他個体を区別できるのか?麻布大学の介在動物学研究室が映像刺激の違いによる イヌの自律神経系の反応を解析

麻布大学獣医学部介在動物学研究室の松下昌平(2019年博士前期課程修了)、永澤美保准教授、菊水健史教授は、イヌが自分の姿が映る過去の映像を、他のイヌの映像と見分けられるかを調べました。自分が映っている映像と、他のイヌが映っている映像を対象のイヌに提示して、生理学的反応を解析することで、自分と他個体を見分けることが可能なのか検証しました。

事前に撮影した飼い主が他のイヌをなでる動画を壁に投影。その動画をみているイヌの様子。胸部のオレンジ色のバンドは、心電計の電極を固定するために巻いている。

(図1.事前に撮影した飼い主が他のイヌをなでる動画を壁に投影。その動画をみているイヌの様子。胸部のオレンジ色のバンドは、心電計の電極を固定するために巻いている。)

本研究では、生理指標として心拍変動解析を用いました。その結果、他個体の映像刺激と自己の映像刺激に関しては、イヌの心拍変動の反応に大きな違いはみられませんでした。
しかし、飼い主への愛着の強いイヌでは、他個体の映像刺激と自己の映像刺激との間に心拍変動の反応に違いが認められました。このことは、イヌが過去の自己映像と他個体の映像を異なる刺激として捉えた結果と言えます。
本研究成果は「PLOS ONE」オンライン版に掲載されました。

<研究のポイント(本研究で新たに分かったこと)>

  • イヌの自己認知について、映像刺激と生理学的指標を用いて評価した初めての実験です。
  • イヌは自分自身の映像を見ても、それが自分の姿であると認識できない可能性が見出されました。
  • しかし、飼い主への愛着が高いイヌでは、自分の映像と他個体の映像を区別できる可能性が残されました。

<研究成果の概要>

・背景と目的
イルカやゾウなどさまざまな動物種で、自己を認識する能力が明らかになっています。こうした動物種に共通して言えることは、高度な社会認知能力を有することがあげられます。イヌはヒトと長い間共生し、ヒトと類似した高度な社会認知能力を獲得してきましたが、イヌの自己を認識する能力についてはいまだ明らかになっていません。

本研究では、イヌに自分自身が飼い主と交流している様子と、他のイヌが飼い主と交流している様子を映像で見せることにしました。イヌは、飼い主が他のイヌと交流する様子を見ると嫉妬のようなネガティブな情動が誘起されることは先行研究で示されています。一方で、飼い主と自分との関係については、このようなネガティブな情動は誘起されないと予測できます。従って、もしイヌが自分自身と他のイヌを視覚的に区別できなければ、自分自身が映し出される映像と他のイヌが映し出される映像で同一の自律神経系の反応を示すという仮説を立て、検証しました。

飼い主が他のイヌと交流しているのを見つめているイヌ(図3.飼い主が他のイヌと交流しているのを見つめているイヌ)

・方法
本研究では、鏡を通して自分自身の姿を見ることに馴化した12頭の犬を用いて実験しました。実験群として、2種類の社会的な映像刺激を用意しました。1つは、'飼い主が他のイヌと交流する映像'、もう1つは、'飼い主が自分自身と交流する映像'です。これらの映像刺激に対する自律神経系の反応を心拍変動解析を用いて評価しました。心拍変動解析はイヌの自律神経系の活性状態を測定する手法で、イヌの情動状態を反映することが分かっています。

また、イヌの社会的反応は気質によって変化する可能性が高いため、C-BARQ(※2) を用いてイヌの行動特性を評価し、映像刺激に対する反応の個体差を検討しました。

本研究のイメージ図

(図3.本研究のイメージ図)

・結果と考察
今回の実験では、'飼い主が他のイヌと交流する条件'と'飼い主が自分自身と交流する条件'間で自律神経系の反応に有意な差はみられませんでした。本研究で用いた他のイヌは、初見による攻撃性や恐怖心を誘発させないために、被検体のイヌが以前から知っているイヌを選択しました。また、映し出される自分自身の姿も以前から鏡を通して見慣れた他のイヌと捉えることも出来ます。従って、この2つの刺激の間で自律神経系の反応に差がないことは、イヌが両刺激を同等とみなしていることを示唆しています。

しかし、C-BARQの飼い主への愛着行動スコアが高いイヌほど'飼い主が他個体と交流する条件'よりも、'飼い主が自分自身と交流する条件'でmeanRRI(※3)のデータが有意に低くなる傾向があり、このことは飼い主への愛着の強さが自己の映像と他のイヌの映像の自律神経系の反応に違いをもたらしていると言えるかもしれません。特に、meanRRIの低下は、心拍数が高くなることを意味し、他のイヌが映っている映像よりも自分が映っている映像に対してイヌが興奮あるいは緊張状態にあることが分かります。

以上のことから、明確には、イヌが自己と他個体を区別することが出来るとは言えないものの、愛着の高いイヌでは、映像刺激の違いに応じて異なる自律神経系の反応を示すことが分かりました。しかし、サンプル数が少ないため、今後のさらなる研究が必要となります。今回の実験デザインは、生理・神経学的手法を用いることで、イヌの特性を生かした新たな自己認知実験の手法としては画期的なものとなりました。

※1 心拍変動解析:自律神経系の生理指標として、心拍変動があります。心拍変動とは、心電図などから算出した自律神経のゆらぎによる心拍周期の変動を表すものであり、交感神経系と副交感神経系のバランスを反映します。心拍変動解析は獣医学や臨床、動物行動学などの幅広い分野で使用される非侵襲的な手法になります。

※2 C-BARQ:イヌの気質を客観的に測定できる質問紙システムです。この質問紙には、一般的な出来事や刺激に対して、イヌがどのような反応を示すのか飼い主に0~4のスケールで尋ねるものです。

※3 meanRRI:RR間隔の平均値です。RR間隔の変動を解析することで、自律神経の緊張状態を評価します。

<掲載論文>

  • 掲載誌:PLOS ONE
  • 論文リンク: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0257788
  • 原題:Autonomic Nervous System Responses of Dogs to Human-Dog Interaction Videos
  • 和訳:ヒト-イヌのインタラクション映像における自律神経系の反応
  • 著者名:松下昌平、永澤美保、菊水健史(全メンバー:麻布大学獣医学部介在動物学研究室)

本件のお問い合わせ先<広報部門の連絡先>
担当部署 総務部渉外課:磯野、野鶴
E-mail koho(a)azabu-u.ac.jp
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