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プレスリリース:受精卵(胚)の着床を誘導する効果的な化合物を発見~ヒトの不妊症や産業動物の低受胎への治療に貢献~

麻布大学獣医学部の滝川 颯太 学部学生、寺川 純平 講師、伊藤 潤哉 教授、名古屋大学大学院生命農学研究科の徐 均蘭(じょ・きんらん)博士後期課程学生、飯田 敦夫 助教、本道 栄一 教授、および医学系研究科の村岡 彩子 講師、阮 加里(げん・かり) 博士課程学生、愛知医科大学の大須賀 智子 教授の共同研究グループは、インターフェロン様活性を持つ化合物(薬剤)「RO8191」が、マウスにおいて受精卵 (胚)の着床を誘導できることを発見しました。

近年、ヒトにおける不妊症や、ウシなど産業動物の受胎率低下が大きな課題となっています。しかし、効果的な治療法は未だ確立されていません。胚の着床は、ホルモンの影響を受けて子宮から分泌されるサイトカイン注1)によって始まりますが、これまで化合物(薬剤)で着床を誘導できる例は知られていませんでした。今回、本研究グループはRO8191が転写調節因子「STAT3」を活性化することを通じて、マウスで胚着床を誘導できることを初めて示しました。さらに、着床不全によって妊娠できない複数のマウスモデルにおいて、RO8191は着床反応を促し、着床不全を改善して妊娠を維持、分娩直前まで至ることを確認しました。
本成果は、ヒトの不妊症の新たな治療法や、産業動物の繁殖効率を高める技術の開発に貢献します。

本研究成果は、2025年9月9日付 Springer Nature社が出版する 『Scientific Reports』誌に掲載されました。

【本研究のポイント】
・新しい化合物RO8191が、転写調節因子STAT3のリン酸化を介して、マウスの胚着床を誘導できることを発見した。
・着床不全により不妊を示す複数のマウスモデルで、RO8191が着床を促し、一部では分娩直前まで妊娠を継続した。
・ヒトの不妊症の新たな治療法や、産業動物の繁殖効率を高める技術の開発に貢献。

図1
図1:本研究成果の概要図

【研究背景と内容】
ヒトの不妊症やウシなど産業動物の受胎率の低下は、近年大きな社会問題となっています。体外受精や顕微授精などの技術で作製した受精卵 (胚)のうち、およそ40〜80%が妊娠に至らないことが報告されています。不受胎の原因には、胚の質や子宮内膜の状態など複数の要因が関わっており、受胎率を向上させるための具体的な方法が求められています。

胚着床とは、子宮に到達した胚が子宮内膜の上皮細胞に接触し、接着して定着し、胎盤形成へと至る過程です。ヒトやマウスでは、接着後に胚が子宮内膜に浸潤する過程が続きます。この過程は、卵巣から分泌されるプロゲステロン(黄体ホルモン)とエストラジオール(女性ホルモン)によって誘導されます。これらのホルモンは子宮内膜におけるサイトカインの分泌を促し、炎症反応を引き起こすことで胚着床を成立させます。マウスでは特に、インターロイキン6(IL6)ファミリーに属するサイトカインである白血病阻止因子(LIF)が重要で、子宮腺から分泌されたLIFが、子宮内膜上皮細胞に存在する受容体(LIFRとGP130)に結合し、転写調節因子STAT3を活性化することで着床反応が進みます。

しかし、これまでLIFに代わって胚着床を誘導できる化合物(薬剤)は知られていませんでした。また、STAT3のリン酸化を人工的に引き起こした場合に、着床から妊娠維持まで可能となるかどうかも不明でした。

本研究グループは、インターフェロン様活性を持つ化合物「RO8191」がSTAT3を活性化できることに着目し、マウスでLIFの代わりに胚着床を誘導できるかを検証しました(図1)。

まず、着床遅延注2)モデルで調べたところ、RO8191は子宮上皮細胞と間質細胞においてSTAT3を活性化し、高い割合で胚着床を誘導できることが分かりました(図2)。さらに、子宮上皮細胞でLIFR、GP130、STAT3をそれぞれ欠損させた3種類の遺伝子改変マウスにRO8191を投与しました。これらのマウスでは通常、LIFが存在してもシグナル伝達が行えないため、胚着床不全によって不妊になります。その結果、RO8191はLIFR欠損マウスにおいて子宮上皮細胞と間質細胞のSTAT3を活性化し、胚着床を成立させ、妊娠の維持が可能であることが明らかになりました(図3)。

これらの結果は、マウスにおいて薬剤投与によって胚着床を誘導できることを初めて示したものです。同時に、胚着床の成立には間質細胞でもSTAT3活性化が必要であることを明らかにし、着床メカニズムの理解を大きく進めました。今回の成果はマウスで得られたものですが、ヒトやウシなどの反芻(はんすう)動物においてもSTAT3の活性化が子宮内膜の受容能獲得に重要であることが報告されています。

本研究グループでは今後、ヒトや反芻動物の子宮内膜に対するRO8191の効果を含めて研究を進め、不妊症や低受胎に対する新しい治療法や着床機構のさらなる解明につなげることを目指しています。

図2
図2:着床遅延モデルを用いてRO8191の評価を行いました。交尾を確認した日を1日目(D1)として、D3に着床遅延処置、D7に薬剤投与、D10に着床判定を行いました。RO8191を投与すると子宮の上皮と間質でSTAT3の活性化が起きており、およそ8割のマウスで胚着床が誘導されました。着床した部位には胚が観察され、着床に関連した反応が進んでいました。
図3
図3:子宮上皮細胞でLIFR、GP130、STAT3をそれぞれ欠損させた3種類の遺伝子改変マウスにRO8191を投与した結果、LIFR欠損マウスにおいて、胚着床が成立し、妊娠の維持まで可能でした。RO8191による上皮細胞でのSTAT3の活性化はLIFR欠損マウスでは生じましたが、GP130欠損マウスでは生じませんでした。

【成果の意義】
本研究は、化合物(薬剤)によって胚着床を誘導できることを初めて示したものです。不妊症の新しい治療法の開発や着床機構の理解を進める基盤となるとともに、将来的には動物医療分野における受胎率向上への応用にもつながる可能性があります。

【用語説明】
注1)サイトカイン:
細胞から分泌されるタンパク質で、細胞間の情報伝達を担う生理活性物質の総称。
注2)着床遅延:
受精卵(胚)が一時的に発生を止め、子宮内膜に留まる現象。クマ、アザラシ、コウモリなどでは、出産の時期を環境に合わせるための生殖戦略として知られる。マウスでは、ホルモン制御によって人工的に着床時期を調整することが可能(図2参照)。

【支援・謝辞】
本研究は日本学術振興会科研費(JP23K23785、研究代表:本道栄一) 、麻布大学ヒトと動物の共生科学センターおよび麻布大学研究推進課より交付された研究プロジェクト助成金の一部により支援されました。

【論文情報】
雑誌名: Scientific Reports
論文タイトル: RO8191, a new compound for initiating embryo implantation in mice
著者: Junlan Shu†, Jumpei Terakawa†, Sota Takikawa, Satoko Osuka, Ayako Muraoka, Jiali Ruan, Atsuo Iida, Junya Ito*, Eiichi Hondo*
†共同筆頭著者 *責任著者
DOI: 10.1038/s41598-025-18471-3
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-18471-3


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